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非アクティビズム。

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ちょっとだけ残す人が理解できない。「もったいない精神は必要?」な件

どうでもいいこと ひねくれ者 日常のこと
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2016/1/14更新

先日友人と話をしていて、ある一つのことを話し合い、議論は平行線に終わりました。

結論も求めてないのでどうでもいいと言えばどうでもいいんだけど、先日も書いた通り僕は貧乏性です。

それを踏まえてなんだけど、よく、ジュースとかコーヒーとか飲み物とか食べ物を、ちょっとだけ残す人っていますよね。

僕はそれが許せないのです。

因みにちょっとだけ残す派の友人は、僕の意見がわからないようです。

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そんな話。

 

ちょっとだけなら飲んでしまえばいい

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まずは僕の言い分。

微妙に残すことに何の意味があるのかよくわからないのです。

あと一口で空になるのに、なぜ空にしないのかわからないのです。

缶でもパックでもペットボトルでも、微妙に残して新しいものを開封する気持ちがわからないのです。

その背景には、「金出して買ってるから」、「製造者に悪いから」というのももしかしたらあるかもしれません。

でもそれは正直あまりないような気もします。

そんなことを抜きにしても飲み切れるんだから飲めよ!と思ってしまうのです。

 

いらないから残している

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友人の言い分はこうです。

今飲みたくないから残している。

ちょっとだろうが何だろうが飲みたきゃ飲むし、飲みたくないから飲まないとのことです。

で、もちろん翌日は飲みません。

新しいものを開封して飲みます。

なぜなら今飲みたいのは未開封の新しいものだからです。

 

こんな例えをされました

ずっと僕らの議論は続き、いっこうに話がまとまらず平行線だったので、友人からこんな例えを出されました。

「そこまでもったいないというなら、ソースとか焼き肉のたれを舐めまわしてでも使い切らなきゃならないよ?」

・・・確かにそこまではしない。

が、論点がずれている。

そういうことではないんです。

そこで僕も負けじと反論します。

今話しているのはあくまでも飲料の話。

ソースや焼き肉のたれは飲料ではない。

とはいっても場合によっては焼き肉のたれなんかは、水で薄めて料理に使うこともあるぐらいだ。

シャンプーも水で薄めて最後まで使い切る派だ。

という話をしても結局平行線をキープし続けました。

そして最後に「貧乏性」と命名されて議論は終わりました。

  

まとめ

30過ぎのオッサン同士が何て無駄でバカげた話しているんだという冷やかしはいりません。

はなくそを食べるか食べないか位どうでもいい話なのも重々承知です。(それは重要か?!)

お互いの主張が違うんだから相容れないのもわかります。

ただみなさまの声を聴きたいと思うのです。

僕が多数派の意見を持ち込めば、きっと彼を説き伏せることが出来るような気がするのです。

僕が少数派になったら、、、

その時はこの話題には今後触れるのは止めておきます。

あなたのまわりにも、ちょっとだけ残す人、いませんか? 

以上。

ちょっとだけが許せないけど、何か?? 

こういう話をすると何となくこれらの本を思い出します。 

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